【よみきかせ効果】作文への意欲が高い:中学2年生娘の場合

作文 中学校生活

こんにちは。

すなばです。

前回は、よみきかせ効果として「語彙力」について記しました。

今回は

現在中学2年生娘へのよみきかせ効果「作文への取り組み」について書きます。

娘は、作文への意欲が決して低くない

表題には「作文への意欲が高い」と書きました。

大口をたたきました。

のっけからすみません。

正しく申し上げると、「作文への意欲が決して低くない・・・・・・・」です。

「高い」と言ってしまうと、毎日長時間原稿用紙に向かってガリガリ、作文コンクールにも応募しまくって・・・くらいの印象を受けますよね。

娘はそこまでではないです。

自主的に文章創作していることはありませんし、課題でもなければ作文を書くことはありません。

ただ、作文への意欲は決して低くないと私は感じるのです。

言い換えるなら、作文への取り組みハードルが低いのです。

 

国語の課題:物語の続きを創作しよう エピソード

 

娘が中学1年の頃の国語の課題の話です。

小説「星の花が降るころに」(安東みきえ著)の続きの物語を400字から800字で創作するというものでした。

中学1年生の課題としては難しい印象です。

【小説「星の花が降るころに」あらすじ】
私は、小学校の頃、銀木犀の木の下で親友の夏実と花を集めて遊んだことを思い出す。しかし中学に上がった今はクラスが別で、何度かのすれ違いが重なって疎遠になってしまった。昼休み、小学校が一緒の戸部君がからんでくるが振り切って、今日こそ夏実と仲直りしようと席を立ち隣のクラスに行く。廊下で声をかけるが、夏実は他のクラスメートと話したまま顔を背けて通り過ぎた。そのやり取りを戸部君が見ていたかもしれない。放課後、戸部君に夏実と私の不仲をどこまで知っているか確認しようと、サッカー部の練習が終わるのを待ち構えるが、戸部君が他の人が嫌がるボール磨きを、黙々とやっているのを目にする。すると急に私は、自分の考えていたことがひどく小さいものに思えてきた。学校帰りに夏実と遊んだ銀木犀の公園に立ち寄り、掃除のおばさんから常緑樹の銀木犀も古い葉を落とし新しい葉をつけると教わる。

星の花が降るころに|中一 (安東みきえ) | 国語教科書の素材辞典 あらすじ・要約、テスト対策 (kokugosozai.com)

課題のねらいとしては「小説の登場人物のものの見方や感じ方について自分の考えをもつ」

んんー、これは評価ムズない!?

先生は大変ですね。800字の原稿を生徒百数十人分を読み、評価しないといけないのです。

 

娘が仕上げた課題作品を読んで、まず驚いたこと。

創作に入ってからの主人公の大胆な設定変更でした。

キャラ変しとうやん!!

本文には出てきていない主人公の部活動やらの新情報。

メランコリックな心象やそれを代弁する情景描写もすべて吹っ飛び

転部に悩みながらも、明るく軽口をたたくリア充女子がそこにいました。

そして、文体がほぼ話し言葉・・・

私はここでふと気付きました。

この主人公「私」の口調

いま娘が読んでいる、コミック「僕のヒーローアカデミア」中コーナー”THE裏話 作者のキャラクター紹介”の口調に似ている・・・

現在触れている文章に影響されすぎやろ・・・

さらに

原稿用紙2枚目の最後まで読み、変な終わり方だったので

あれ?ここで終わり?

ときくと

娘

800字で収められなかったから、裏面に書いたんだ♪♪

と。

裏面を見ると、白地の面上につらつら文章が書いてありました。

そして、最後が「つづく」となっていました。

ツヅク、とな!?

やっぱ終わってないんかーい!!

娘いわく、終えられなかった、間に合わなかったと。

おそらく先生からはどん底評価だったでしょう。というか、評価してもらえたのか!?

「ぶっとんでいる・・・」

私は心の中で娘を称え、大人が望むようなおりこうさん回答をしない娘を頼もしくも感じました。

娘には

ええやん!おもしろい!躍動感ハンパねー!!

と少し大げさに感激してみせました。

もちろんその後続きを創作している気配は一切ありません・・・

 

一文字目が早い

 

上記一例で示したように

娘の作文(文章表現)は

決して

創作スキルが高い、とか

文才がある、とかではないです。

 

とにかく

結構な量の文章を速いスピードで書き進められるのです。

 

思案する時間を作らず、ぶっつけ本番。

下書きはしない、誤字脱字も多いです。

よーいのドン!の合図があってから一文字目を書き込むのが早く

カリカリッと原稿用紙に向かい始めます。

迷うことなく。

そしてそのまま、シャーペンが原稿用紙上でつるつると滑るように速く動いていきます。

娘の作文の書き方が間違っていることは分かっています。

ただ、ここで私がネガティブな指摘をして、課題を終え充足感に満ちた状態の娘に水を差したくないのです。

娘は、作文への抵抗感が少なく、作文課題は嫌がらない。

”作文は大変” ”エネルギーを使う”という感覚が無いのです。

 

私が学生の頃

 

私が学生のころは

読書感想文の宿題が本当につらくて、もっともエネルギーを要する宿題でした。

嫌で嫌でしょうがありませんでした。

課題のために読む本は面白くないし、内容を覚えてもいない。

下書き用の紙の前にして、しばらくうつむきじっとする時間

一文字目を書くまでが一番大変でした。

今では読書感想文の書き方指南書も数多く出ていますが

当時の私は、そんなものあることも知らないし、誰も「そんな本読むといいよ」とも言ってくれないし。

そもそも先生や親から読書感想文の書き方を教えてもらった記憶がありません。

ちなみに現在の小学校では、夏休み前に毎年必ず全児童に配布される図書館だよりに『読書感想文の書き方』特集が掲載されます。ありがたいですね。

何を書けばいいか分からない状態。

とりあえず適当に抽出した一文を丸写しし、そこに対して少しだけ「〇〇と思いました」などで文字を埋めていました。

 

作文作業は一歩目が一番ハードルが高い

 

大量の文章を書き慣れていない人は、いざ書かないといけない状況になった時

実は一文字目を書くまでが一番時間がかかり苦労しませんか。

私の経験上、課題内容にもよりますが

作文作業は一歩目が一番ハードルが高い、という印象があります。

大人になるにつれ、提出物やスピーチやら、報告書やらで文章で表現する機会は平均的に増えますので、自然に鍛えられる部分はあるかもしれません。

とは言え、大人の私ですらいまだ作文に対する苦手意識は完全に払拭できずにいるのに

ましてや小学生や中学生の、学びの態勢が未成熟な身にとってはなおさらですよね。

 

文章を読む行為も同じですが

書く行為も、筋トレと同じで、なんの筋力も備えないままいきなり重たい物は持ち上げられません。

作文筋を身に着けていない状態でいきなり大量の文章を書き出すことはできません。

少しずつ繰り返し負荷をかけていくことで身に着けられ、一歩目のハードルも少しずつ低くなっていきます。

 

よみきかせによる読書習慣で膨大な文章データベースが蓄積されている

 

では、幼いころから作文筋を鍛えていたわけではない娘が、なぜ作文一歩目ハードルが低いのか。

その理由は2つあると分析しています。

 

周りに合わせない気ままさと頑固さを持っており、自分軸がはっきりしている

まず一つ目は

娘自身の気質によるものです。

娘は周りに合わせない気ままさと頑固さを持っており、自分軸がはっきりしています。

自身の発言や表現に対して自分以外からの評価をあまり気にしません。

あくまでも自分が楽しいか、面白いか、で動きます。

自分の作文の出来を他人に認めてもらいたいという欲がまだ薄いのです。

褒められたら嬉しそうですけどね。

幼児が描く絵はたいてい自由で大胆ですよね、あれと同じです。

もしかしたら娘は良い意味で幼さを残しているのかもしれません。

自分の幼いころを思い返しても、

正解があるわけではない課題(作文や絵画ポスターの宿題、図工の作品など)への初動が遅くなる理由としては

(少なくとも私の学生時代の原稿用紙を前にうつむいてしまう長い時間の原因はそうなのですが)

「どうかな、いいかな、いいといいな」という

欲や見栄や自意識が先立ってしまうからだと思います。

私は、周りからの評価を気にするようになって以降は途端に創作活動が窮屈で面白味に欠けるようになりました。

 

今までの読書の蓄積

二つ目の理由は

やはり今までの読書の蓄積だと断言できます。

今までいろんな文章や作品世界に触れてきたことにより

  • 語彙はもちろん
  • 没頭による追体験
  • 自身の心象変化の発見
  • 人物の感情機微など

脳内データベースにインプットされています。

(アウトプット作業の経験が少なくても、)

インプット量が多いと、ある程度比例して処理速度は増すように思われます。

例えるなら

身体筋肉の大部分を占める大腿筋を中心に筋力トレーニングをすることにより

少ない時間で効率的に代謝アップにつながり、身体全体のボディラインが美しくシェイプアップされるイメージです。

さらに娘は、読書の蓄積量について自信があります。

 

そして、二つの理由は相互作用しているように思います。
 

頑固さ自分軸 × 読書量が自分の強みであるとの自覚 = さらに強メンタル

 

とにかく書けるということが大事

 

娘の文章はまだまだ拙いです。

将来、何かの力が働いて

とんでもなく磨かれていってほしい

 

ただ、今はとにかく書けるということが大事で強みなのです。

 

作文は表現の一つです。

持っている知識を使って自分なりに論理立てて説明するという思考力や自己表現力は

今後ますます問われるようになります。

以下は、文部科学省が目指す「育成すべき資質・能力の三つの柱」です。

新しい学習指導要領で育む資質・能力とは?「知識及び技能」「思考力、判断力、表現力など」「学びに向かう力、人間性など」の3つの柱

新しい学習指導要領では、教育課程全体や各教科などの学びを通じて「何ができるようになるのか」という観点から、「知識及び技能」「思考力・判断力・表現力など」「学びに向かう力、人間性など」の3つの柱からなる「資質・能力」を総合的にバランスよく育んでいくことを目指します。
「知識及び技能」は、個別の事実的な知識のみでなく、習得した個別の知識を既存の知識と関連付けて深く理解し、社会の中で生きて働く知識となるものも含むものです。そして、その「知識及び技能」をどう使うかという、未知の状況にも対応できる「思考力、判断力、表現力など」、学んだことを社会や人生に生かそうとする「学びに向かう力、人間性など」を含めた「資質・能力」の3つの柱を、一体的に育成します。

※「学習指導要領」は、文部科学省が定める教育課程(カリキュラム)の基準

参考元:2020年度、子供の学びが進化します!新しい学習指導要領、スタート! | 政府広報オンライン

 

 

中学二年生というまだ若いこの時期に、とにかく書ける文章量が多いということは高いポテンシャルを秘めていると信じています。

 

新学習指導要領(高等学校)導入に向けての評価ガイドラインには

“学習指導要領の目標及び内容が資質・能力の三つの柱として整理されました。対応する形で、評価についても変更がなされ、各教科・科目で行われていた「観点別学習状況の評価」の観点が「知識・技能」、「思考・判断・表現」※、「主体的に学習に取り組む態度」の3 つに整理されています。

※「思考・判断・表現」評価のためには筆記試験だけではなくレポートの作成、話し合いやプレゼンテーション、作品の制作など教科に合わせた多様な活動を用意することが大切です。”

参照元:03c_評価ガイドライン_3観点評価_ー2022年度高校新課程の評価についてー.pdf

https://www.learning-innovation.go.jp

とあります。

 

高校は上記の指導要領に基づき進められますので、受験においても一部はこれらの資質を見据えた選抜方法を取り入れた形になるでしょう。

今後ますます増えるであろう大学推薦入試の際にも重要視される「思考・判断・表現力」を適切に伸ばすにはどうするべきなのか

従来の知識・技能をインプットするだけの方法では太刀打ちできない流れになっていることは確かです。

スピーチやレポートを繰り返し作成すること、すなわち、自分の持っている知識・技能を駆使し、思考・判断を見える化する行為(表現)を繰り返すことで近づくのでは

提示される「必要とされる資質・能力」

これは子供が大人になる(遠い将来)まで身に付けてほしいと、文科省が描いている長期的な理想だとして

これは親個人としても願うところです

別のところで、今の段階で表現力が高いこと(娘の場合は”磨かれる可能性が高いこと”)は、入試という関門(近い未来)を通る際に有利であるという実利的な部分があるのです。

 

まとめ:元をたどれば「よみきかせ」👍

 

中学2年生娘は作文への意欲が高い(作文に苦手意識が無い)です。

なぜか

 

読書量により構築された年齢にしては多めの文章データ

本人の自覚、そして自信に溢れる

評価気にしない自分軸ができあがる

苦手意識がないからとにかく書ける

作文苦手じゃないよ👍

 

となる

 

娘の読書量はよみきかせ習慣の賜物です。

 

元をたどれば「よみきかせ」

 

次回は「【よみきかせ効果】漢字テストの点数が良い:中二娘の場合」です。

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